「相模福祉村」という言葉の響きは、私にとって"人生"そのものの感じがする。
社会人としてのスタートは新聞記者で、相模原市に住むことさえ夢想しなかった私。その私が不思議な縁で当地にお世話になり、人生そのものにめぐり逢うなど神様だけしかご存じなかったろうと思う。
知的障害者や社会的弱者なる言葉さえ一般的ではなかった30年前、縁あって障害のある仲間とその父母たちと知り合った。
心やさしき仲間たちは社会の片隅でひっそり暮らしながらも、多分「俺たちの将来」について多少の不安感を感じていただろうし、まして父母や関係者にとっては切実な問題だった。 |